「人を変えるのではなく、自分が変わる」変わる必要なんてありません

チンパンジーが左手を頭につけ悩んでるような仕草

「すべての悩みは対人関係である」

アドラー心理学で提唱されている通り、対人関係でのストレスは僕だけではなく、おそらく多くの方が感じていることなのかもしれません。

どうすれば対人関係において少しでもストレスを緩和できるのだろう、楽に生きることができるのだろうか?

価値観の違う人間同士なので、その人に対してストレスを感じなくなることは非常に難しいことですしできそうにもありません。

その中で「この人が変わってくれれば良いのに」などと思ったりもしますが、裏返すと相手からは「この人(僕)が変わってくれれば」と思わわているのかもしれないですよね。

人を変えるのか、それとも自分が変わるべきなのかと悩んだりもするはずです。

人を変えることは難しい

ビジネスウーマンが右手を広げ前に突き出しストップとしている

何度も言ってきたことですが、「自分の思い通りにならない」というこの一点で僕たちはストレスを感じています。

つまり、相手をコントロールして自分の思い通りにしたいということです。

皆が思い通りになるのでしたら、本当に楽になると思いませんか。

だから、無意識のうちに僕たちはそのようになるよう(コントロールできるよう)に相手を変えようとしているのですが、とても難しいことです。

同じ家庭で育ってきたとしても、物の考え方や価値観が同じだとは限りません。

ましてや赤の他人ともなれば、育ってきた環境なんてまったく違いますから尚のことではないでしょうか。

「過去と他人は変えられない」

ということも言われたりしますが、確かに「過去」は過ぎ去ったことなので変えることなどできないのですが「他人」を変えることはできると考えます。

しかし、人一人を変えるために要するエネルギーと時間ともなるとただ事ではありません。

自分自身もそうなのですが、他人を変えるには「習慣化」とすることが必要となってきます。

習慣とは、長い間それを繰り返し行うことで、あたかもそうすることがきまりのようになったことである。基本的には、行動、身体的な振る舞いを指しているが、広くは、ものの考え方など精神的・心理的なそれも含みうる。

引用:Wikipedia 習慣

習慣には「行動習慣・身体習慣・思考習慣」と3種類あり、その中でも重要になってくる習慣は「思考習慣」。

では、その「思考を習慣にするために要する時間」なのですが、「6カ月」かかるとされています。

1人につき「6ヶ月」かかるのですから10人変えようとすると「5年」の月日が必要となってくることは分かりますね。

さて、あなたの周りには「変えたい」と思われる人は何人いますか?

1人ですか、2人ですか、5人ですか、それとも30人・・・

どうですか?

他人を変えることって物凄く時間がかかり難しいことだと分かっていただけたと思います。

本当、やってられないですよね。

自分が変わることも難しい

ビジネスマンが左手を広げ前に突き出しストップとしている

「他人を変えるより自分が変える」

こちらの方が楽だと言われていますが、はたしてどうなのでしょうか?

僕自身「変わりたい」と思い〇十年経過していますが、「変わったの?」と聞かれると「・・・?」といった感じで、自覚できていないというところが本音です。

ただ、「年を取ると丸くなる」という言葉の通り加齢により性格が丸くなっていると思いますし、知人からもそのように言われますので、いくらかは変わったのではないでしょうか。

ですが、このことには理由があるのですね。

「面倒くさい!」

「仕方がない!」

「どうでも良い!」

「無駄!」

人として最低なのですが、そのような考えがあることも事実です。

有益なこと、無益なこと、必要なこと、無駄なこと、期待できること、期待できないこと、などを判断するためのキャリアを積んできたからこそ、以前に感じていたイライラや不安などに対して「どうしようもないこと」と位置づけすることでストレスを受けないようにできているのだと思います。

少しお話しがずれましたが、「自分を変えることも難しい」のはどうしてなのか。

初めのころは

「よーし!僕は変わるんだ!」

「明日からは絶対に怒らないぞ!」

「部下の良いところだけを見るようにしてやる!」

いろいろと心に誓うのですが・・・

「僕って変わっているのかな?」

「怒ったんじゃない、これは叱ったんだ!」

「こいつに良いところなんあるのかな?」

良くも悪くも心は変わるものです・・・

突き詰めると、自分自身が変わっているのか、変わっていないのか、少しは変わってきているのか、という経過も結果も分からないということが最大のネックとなっているのではないでしょうか。

分からないから継続することが難しくなりますし、できないという負のスパイラルですね。

実際、僕も「今日からは絶対に怒らないぞ」と心に誓ったとしても、1日、長くても数日間のことなので情けなくることが未だにあります。

人間は誰よりも自分に甘くなるようにできていますから、自分自身に都合の良い方に考え方がシフトチェンジしてしまうんですよね。

これでは変われませんね。

人も自分も変わる必要はない?

2人のビジネスマンが向かい合って座り言い争いをしている

イライラさせる周りの人を変えることも、イライラする自分自身を変えることも、どちらも大変だということは理解できたのではないでしょうか。

ではどのようにすればイライラや嫌な奴といったストレスを軽減することができるのでしょうか?

「イライラ・嫌な奴・苦手な奴」というところにスポットを当ててみるとどうするべきなのかが分かってきます。

そもそも、自分が「イライラさせる奴だな」と感じている人間に対して、他の人たちも同じように感じているのか、それとも感じていないのか・・・?

苦手な奴に関してはどうなんだろう・・・?

人により感受性はさまざまなので「この人はこういう奴だ!」などと、自分自身と同じように思っているわけではありません。

「仕事が遅くてイライラさせる奴だ」

「このひと苦手だから嫌なんだ」

と思っていたとしても、

「マイペースで間違えることもないからいいんじゃない」

「クセがあるけど良い人だよ」

と別の人は思っていても何ら不思議なことではないですよね。

その人はそういう人なんで変える必要なんてないですし、そのように思う自分自身も変わる必要なんてありません。

何が言いたのかというと、他の人が「イライラしていない」「苦手でもなく普通に接している」のでしたら、「イライラさせる奴」を作っているのも、「苦手で嫌な奴」を作っているのも自分自身が決めつけていることとなります。

そうですよね、周りはそう思っていないのですから!

ではどうするの?

周りの意見による先入観や観念に左右されることなく、すべてをありのまま受け入れること。

「この人はマイペースな人」

「この人は少し時間にルーズな人」

「この人は自分の意見を曲げない人」

そして、「イライラさせる奴・苦手で嫌な奴」を作り出しているのは自分自身であり、事実はそうではないという「ありのままの現象を受け入れること」となります。

決してこのことは「自分を変える」という意味ではありませんからね。

おわりに

コルクボードに並べられた「take it easy」の文字

他人も自分も変わる必要なんてないのですが、それでも「変わりたいと」願います。

だからこそ、生きている意味があるのかもしれません。

コンプレックスや自己嫌悪、人間関係のいざこざ・・・

もっともっと楽になりたいと思うことは当然です。

文章にすると簡単そうなのですが、「ありのままを受け入れること」は一筋縄ではいかないようにも思えます。

ですが、今現在ストレスを感じ、苦しい、しんどいと思っているのでしたら、それはあなた自身で色を付けてしまったからに他なりません。

ナチュラルカラー、本来の色で見ることできっと今よりは楽になれるはずです。

また、決めつけずに見ることで対処の仕方、選択肢も多くなり変わってきますから「すべてをありのままに受け入れること」を意識されてみてはいかがですか。

ほんの少しだけでも楽になれると良いですね。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です