しっかりと感謝する気持ちを持っていますか?

砂浜で両手を合わせ感謝する男性

人間は一人では生きていけません。

誰かに助けられたり、助けたりしながら毎日を送っているはずです。

人に何かをしてあげれば「ありがとう」と感謝され、何かをしてもらうと「ありがとう」と感謝の言葉が自然と出てきます。

「ありがとう」と感謝の言葉を述べたときに、イライラしたり、不快に思ったり、腹立たしく思ったりはしないはずですし、そのような感情は芽生えませんよね。

感謝するということは優しい気持ちを誘発してくれるとても大切な感情だということにもなります。

感謝とはいったい何だろう?

THANK YOUと書いた積み木

感謝とは何だろう?

「感謝しないとダメだよ」

「感謝しろよ」

「感謝してます」

などと僕自身もそうなのですが、日常的によく使われています。

そもそも「感謝」とは何なんでしょう?

感謝(かんしゃ、英:Gratitude,thankfulness,gratefulness)とは、優しさ、贈り物、手助け、好意、その他の厚情を受けた人物がそれらを施してくれたり贈り主に向けて示す、ありがたいという気持ちやその感情を表すポジティブな反応である。

引用:Wikipedia感謝

何かをしてくれた人に対して、ありがたく思い礼を言うことが感謝となるのですが、日常生活において本当に感謝というものができているのでしょうか?

謝罪をするときを除いて、感謝するときには頭を下げる、お辞儀をするという行動となる訳ですが、社会人ともなれば「頭を下げる」ことは当たり前の行いであることは周知の事実です。

僕自身も日に何度も

「ありがとうございます」

「ありがとうございました」

と言い頭を下げています。

ですが、これは本当の感謝になるのだろうか?

何か違うような気がします。

もう一度感謝について考えてみよう

考え事をするワイシャツの男性

感謝することを言葉としての表現では「ありがとう」となり、毎日何回、何十回と使っています。

例えば、仕事で使う「ありがとう」はある意味ルーティンのようなもので、そこに本当の感謝の気持ちが込められているのかと問われると、「NO!」のような気がします。

彼女、彼氏、友達、奥さん、プライベートでも「ありがとう」という言葉をよく言いますが、この場合も心から出たものではないと感じるのですが、どう思われますか?

とりあえず、何かをしてもらったときに「ありがとう」と言っておけば円満に事が運べるかなという程度ではないのでしょうか。

例えば「ありがた迷惑」。

本当は「してくれなくてもいいのに」「いや~、それされると困るわ」「やってくれるのはいいけど、後で手直しが大変なんだよ」なんてことを思いながらも、その人に「ありがとう」と言ってしまいます。

すごく極端な話しになりますが、心から感謝の気持ちを込めて「ありがとう」と言えるときって、本当に困ってしまったときに助けてくれたときくらいだと僕は思います。

僕自身、日に何度も「ありがとう」と言っているのですが、「ありがとう」のバーゲンセールになってしまっていますし、振り返って考えてみてもそこに心は入っていないですね。

そんなことを考えていると、「ありがとう」という素敵な言葉に対して申し訳なく思ってきました。

心から感謝すると優しくなれる?

手を繋いで歩く家族

このサイト・ブログで何度も触れていますが、僕は自分の少しのことでイライラしたり怒りっぽくなってしまう性格が大嫌いです。

僕が今までにそのような気持ち、感情が薄かったとき、あまりそのように短気にならなかった時期はあるのだろうかと考えてみると・・・あったのです、その時期が。

そのときは何時?

  • 奥さんと結婚したとき
  • 子供が生まれたときから幼児期

このときだけは変わったと自覚できています。

奥さんに少しでも好きでいてもらうために、どんなことでも受容できました。

人間ですから、気に入らない「言葉」「行動」はあるのですが、「うんうん、そうだね、そういうこともあるよね」と笑顔で受け止めることができましたし、そういったすれ違いでさえも楽しく感じられ怒るようなことはなかったと記憶しています。

彼女のためなら自分の気持ちを押し殺すことなんてヘッチャラでしたし、帰宅すると彼女がいてくれるだけで嬉しくもあり楽しかったので、イライラしたり怒ることなんて逆にあり得ませんでした。

そして子供が生まれたとき、生まれてきた子供と元気に産んでくれた奥さんに感謝のひと言しかありません。

子供が泣くのも、笑うのも、何をするのも笑顔で接する毎日でしたし、仕事上においても感化されていたのではと思っています。

仕事の業務に携わっているときでさえ、子供のことで頭の中はいっぱいだと言っても過言ではないくらい、映像として映し出されていたので自然と顔の表情もほころんでくるというものです。

子供のことを考えるだけでニヤケテしまいますから、怒るという感情なんて生まれません。

大きくなったとはいえ、子供のことを考えると何となく優しい気分になれているような気がします。

大好きな人、愛おしい人を思う気持ちには、人の感情を書き換えるほどのものすごいパワーがあるということですね。

上記のケースでは、「ありがとう」=「感謝」という図式には当てはまらない気もするのですが、奥さんに対して子供に対して「元気な子を産んでくれてありがとう」「元気に育ってくれてありがとう」「こんな僕の奥さんでいてくれてありがとう」「こんな父親の子供でいてくれてありがとう」そう思えるときって、僕は穏やかで優しい気持ちになれます。

おわりに

青空に向かって両手を挙げる男性

感謝の気持ちを手っ取り早く伝えることができる「ありがとう」という、とてもシンプルだけど素敵な言葉。

ですが、そこに気持ちがともなっていないとただの言葉でしかありません。

表面上でだけの感謝では相手の方は別にして、自分自身には何の効果も影響もないのですから。

本当に「ありがとう」と思えるからこそ、逆に今度は自分がしてあげなければと思うこともできます。

「感謝」とはイメージ的に「人物」に対しての感情のように捉えられがちですが、僕はもっともっと広範囲なものではないのかと思っています。

元気に働くことができて感謝、PCが買えている自分に感謝、ご飯が食べられることに感謝、好きなことをできることに感謝、周りの人に対しては当たり前なのですが、使っている物、自然、今自分が置かれている環境などのすべてに感謝することができるならば最高だと思いませんか。

本来、何かするたびに感謝できるはずですし、できたならば僕みたいにイライラしたり短気な人間ではなくなるのかなっと思ってみたりもします。

頭では分かっているのですが、思考よりも感情が優先してしまい、なかなかどうしてといった感じです。

例え口先だけの「ありがとう」だったとしても、相手の人が嫌な気持ちになられることはないと思います。

人間関係を良いものにするためにも「感謝する」ということはとても重要なことなんですね。

「感謝の気持ちを忘れない」

常にその心構えがあるのならば、きっとイライラせず怒らず、過度のストレスを感じることもなく、優しい穏やかな人間へと変わることができるのかもしれません。

「感謝する気持ち」

大切にして生きたいと思います。

 

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